これ、どうやって食うんだろう……




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   ● 赤メガネのあいつ
                        
 秋元秀視点番外編





                
  『 たとえばエリンギ 』







   とあるスーパーの野菜コーナーの一角に、俺は突っ立っていた。
   夕方の忙しない買い物客にぶち当たられながらも、どうしてもこの場から
   離れる事ができないでいる。
   俺の目の前に並ぶものが気になって仕方なかった。

   マツタケ……じゃないんだろう。
   容姿はマツタケに似ているんだけれど……何か、――薄い。
   第一、 マツタケが99円なんかで売ってるわけが無い。

   スーパーへは、咲のプリンを買いにやってきていた。
   昨晩。叶んちでの夕飯の後、冷蔵庫をあけてみると中にぽつんと一つ、
   寂しく取り残されたように佇んでいるプリンがあった。
   ――もったいない。
   すぐさま一人ぼっちのプリンを冷蔵庫から取り出して、リビングのソファに
   座り込む。
   テレビの電源を入れて、ちょうど始まったばかりらしいお笑い番組を見つつ
   甘いプリンを食べていると、廊下へ通じるドアがギー……と開く音がした。
   風呂上りの咲が、たたたっと俺の前方へ回り込んで、抱きついてくる。

    「ちょっと待った、咲!プリンこぼれるから。食べきるよ」

   そう言って、最後の一口を口元へ運ぼうとした、その時だった。

    「あ……あぁぁぁぁぁぁー!?」

   咲が、スプーンに乗った最後の一口のプリンを指差しながら、絶叫した。
   しかも引き続いて、風呂上りに濡れそぼった肩まである髪をパシパシ振り
   乱しながら、わんわん泣き始めた。

    「秀!それ、咲がお風呂上りに食べるんだって、楽しみに残してたプリン
   なのよ」

   咲と同じく、濡れそぼった長い黒髪を後ろで一まとめにしながらリビングへ
   入って来た叶が、やっちゃったの?っていう渋い表情で、咲に泣きつかれて
   いる俺を見る。

   ――そう。どうやら俺は、やっちゃったらしい。

   泣き喚く咲の髪をふかふかのタオルで拭いてやりながら一生懸命宥めて
   みたけれど。
   全然ダメだった。
   要は、『現物』が無いと、許して貰えないらしい。
   けれど、今日はもう遅い。
   今からコンビニへ買いに行っても、帰ってくる頃には咲はハミガキをして
   寝る準備の最中だろう。
   そんな咲の前に買ってきたプリンを突き出せば、より一層大声で泣かれる
   に決まっている……
   そしたら、書斎で原稿を書いている叶の母親にも迷惑だ。

   と、いう現状で。
   俺は翌日の今、咲を保育園へ迎えに行く前にこうしてスーパーへ寄って
   いるわけで。
   既に、乳製品の陳列棚から、手に持っているカゴの中へ3個で1パックの
   プリンを3つ投入している。
   いつもならコンビニですませてしまう買い物だけれど、どうせ買うなら思う
   存分……と思い、スーパーへやってきた。
   「ついでにお願い」って、叶に頼まれた夕飯の材料も買わないといけない。
   ぶなしめじ、を探していた。
   野菜コーナーの一角にそれは山積みにされていて。一つ取って、カゴへ
   入れた。
   そのままレジへ直行しようとした俺の視界に、そいつは現れた。

   『エリンギ』だ。

   ぶなしめじの隣で、同じく山積みにされていたエリンギ。
   コレは……ぶなしめじと同じく、キノコなんだろうか。
   正直、今までの人生で初めて見た。
   叶は結構料理は出来る方だと思うけれど、食卓にこのエリンギが存在する事は
   叶と一緒にいるようになってこの1年半のうちは無かった。
   俺の母さんも……
   そういえば、母さんの手料理なんて、ココ数年全く食べていない。

   母さんの、ほっこりとした筑前煮の温かさを唐突に思い出しながらエリンギ
   の前で突っ立っていると、後ろから可愛らしい声が飛んで来た。

    「秋元くん?」

   聞き覚えのある声だ。そう思いながら振り返ると、案の定そこには
   制服姿のままの草野結花が、スーパーの買い物カゴをぶら下げて立って
   いた。
   カゴの中には肉やら野菜やら牛乳がすでに入っていて、何だかかなり
   主婦っぽい、手馴れた感じの買い物姿だった。

    「……こんにちは」

   こういう所でバッタリ会ってしまった事がとても気恥ずかしくて、とんでも
   なくギコチナイ挨拶をしてしまってから、それは大失敗だった事に気づいた。

    「こっっ…こここんにちは」

   草野も思い切りギコチナイ挨拶を返してくる。
   そして、さっきまでの態度とは打って変わって、恥ずかしそうに顔を赤ら
   めて俯いてしまった。

   ……何とかしないと。

   草野を俯かせる事だけはしたくないんだ。

    「草野……もさ、料理とかしたりするの?」
    「えっ?」
    「いや何となく。かなり主婦的な内容の買い物カゴの中身だったから」
    「う、うん。お母さんがパート遅番の日は……ね、私が夕飯の当番なの」

   パッと顔を上げて、けれども直ぐに視線は逸らして草野はそう答える。
   ……あ、そうだ。

    「あのさ、コレって、キノコ類なんだろうか?」

   エリンギのパックをガシッと掴んで、草野の前に突き出した。
   草野は、きょとんっとした真ん丸な目で、そんな俺を見据えている。

    「うん……キノコだよ。……エリンギ、美味しいよ?」
    「えっ?草野、コレ、料理できるの?!」
    「う、うん。我が家では結構頻繁にゴハンに出るよ?私はエリンギは
   炒め物にするのが好きだけど。弟はエリンギの天ぷらが好きだし。色んな
   料理に使えて便利なの」

   へぇ……それって……何か、すっごく、

    「食べてみたい」

   そんな事を口走っていた。

    「……えっ?!」
    「草野のそれ、食べてみたいかも」

   草野が、手に提げていた買い物カゴをガコン!っと、下に落っことした。
   あたふたしながら飛び出した中身を収拾していた草野を見ていて、その
   瞬間に初めて俺はとんでもない事を口走ったって事に、気づいた。

    「ご、ごめん!何か俺、すごく図々しい事言ったよな?あ、あの……冗だ
    「いいよ」
    「………え?」

   産地直送の牛乳パックを両手で握り締めながら、草野が俺の目を真っ直ぐ
   に見つめてきた。

    「いいよ。……明日、お昼に渡すね。お弁当と一緒に、作って持ってくる」
    「………マジ?」
    「……うん。冷めても、美味しいんだよ。エリンギの炒め物……」

   明日のお昼休憩が、突然、待ち遠しく思えた。
   草野とバッタリ出会った、ある夕暮れ時の、スーパーでの出来事。


   ――たとえばエリンギは、炒め物にして食べるとすごく上手いらしい。
   



   end



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