なあ、姉ちゃん。
   何でだよ?
   好きなんだったら、涙なんて出ないだろう?




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  ●赤メガネのあいつ
                    大輝視点番外編







                
『 なあ、姉ちゃん。 』
                    大輝の姉貴観察日記







   さっきから、同じフィールド上をくるくる回っている。
   何を見つけにどこへ行くんだったのか、全く思い出せなかった。
   二頭身のキャラクターがちょろちょろ動くテレビの画面を見ながら、ちっと舌
   打ちしてみる。
   こんな時、姉ちゃんが隣にいれば、

    『大輝、何やってるのよ!神殿へ行って、そこで何とかさんに会ってお話
   するんだよ!そしたら、アレが貰えるんだって、じいちゃんが言ってたじゃな
   い!』

   って。聞いてるのか聞いてないのかも全然分からないくらいぽけーっとした
   顔でテレビの画面見てただけなのに。
   ちゃんとそうやってストーリー記憶してて教えてくれるはずだ。

   持ってたコントローラーを、カーペットの上へ放り投げた。
 
    攻略本……買おうかな。

   のっそり起き上がって、本棚に置いてあった財布の中身を見て、絶句した。
   無理だ。10円玉が2枚しか入ってない……
   駄菓子屋で蒲焼太郎さんをひとつ買うのが精一杯だ。
   がっくりうなだれる。
   
    姉ちゃんが悪いんだ。姉ちゃんが、いつもの姉ちゃんじゃないから……

   最近。
   俺がゲームをしていても、姉の結花は俺の部屋へやってこない。
   前は、ストーリーが気になるって言って、先を進める時に呼んでやらないと
   ひどく怒られた。
   けれど、今はもう、こない。

   理由は簡単だった。
   俺が……こないだ、姉ちゃんと亮の、あんな現場を見てしまったからだ。

   気持ち悪いくらい暑い8月の朝。
   あの朝、俺は珍しく、本当に珍しく気を利かせようとしたつもりだったんだ。
   あまりにも喉が渇いてる事に気づいて布団の中から飛び出した俺は、何か
   冷たいものが飲みたくて、のそのそベッドから抜け出した。
   部屋から出ると、玄関に見慣れたスニーカーがあるのを見つけて、亮が来て
   る事が確認できた。
   

    姉ちゃんたちにも、カルピス作ってやろうかな。


   ――こう、思ったのが間違いだったんだ。

   いつものように、ノックせずに姉ちゃんの部屋のドアをあける。
   そしたら……
   エアコンで冷え切った部屋の向こうにある姉ちゃんのベッドの上で、
   姉ちゃんが亮に押し倒されてて……

   でも、俺だってあんなの見るつもり、ちっともなかった。
   ビックリしてすぐにドアを閉めた。
   けれど、俺の頭から離れてくれないのは……亮がベッドへ姉ちゃんを押し倒し
   てた事よりも、押し倒されてた姉ちゃんが……

   泣いてた事。

   無理矢理だったとしても。相手の事好きなんだったら……涙は流れないんじゃ
   ないのか?
   なぜ、姉ちゃんは泣いてた?

   亮の事、ずっと好きだったんじゃないのか?


   俺が物心ついた頃には、姉ちゃんの隣にはいつも亮がいた。
   休みの日に俺が姉ちゃんに遊んで貰う時には、もちろん亮ももれなくついて
   くる。
   姉ちゃんと亮は、いつも笑い合ってた。
   バカな事言って、バカな事やって、母さんたちに怒られて。
   でも、姉ちゃんは他の男の子と遊んだりはしなかった。
   公園で同じクラスの男子にバッタリ出会って、遊びに誘われても、かたくなに
   首を横に振って、泣きそうになってた。
   それを助けるのがいつもの亮の役目だった。
 
    『ごめん、結花のやつ、これから塾だから』

   もちろん姉ちゃんは塾なんて行ってなかった。
   亮は家への帰り道、右手に姉ちゃんの手を繋ぎ、左手に俺のちっちゃい手を
   握り締めながら、言ってた。
 
    『結花、もっと強くなれ』

   姉ちゃんは、人見知りだった。
   初めて会ったんじゃない人にでも、人見知りした。
   人見知りの恥かしがり屋で、いつももじもじ下向いて歩いてた。
   誰かと目が合うと、話をしなくちゃならなくなるから。
   けど、亮がいれば違った。少なくとも、亮と一緒にいる時の姉ちゃんは、いつも
   の何倍も積極的だった。
   亮の手を握り締めながらだったけれど、ある日、公園にいた同じクラスの男子
   に、自分から「あそぼ」って。声かけにいった事があったっけ。
   声かける前も。かけてる時も。かけた後も。亮の手だけは握り締めたまま離さ
   なかったけれど。


   ――そんな具合だったから。
   そんな姉ちゃんをずっと見てきたから。
   最近、ちょっと可愛くなってきて、姉ちゃんに女を感じ始めた時も、ああ、間違い
   なく亮と恋してんだなって。
   ……思ってたのに。

   姉ちゃん、何でだよ?何で泣いてたの?

   亮の事、嫌いなの?

 
    「大輝ー、ゴハンできたよー」

   リビングのドアが開く音がして。次いで、姉ちゃんが俺を呼ぶ声が聞こえて、
   我に返った。
   俺は、ほとんどからっぽに近い財布を忌々しげに元あった場所に置くと、投げ
   出してあったコントローラーを拾って、ゲームをセーブした。


   弟の直感としては……


   姉ちゃんがあの時泣いたのは、


   他に、好きな男がいたからだ。

   



   end



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