web拍手御礼小話
 


 
秘薬よりも、くちびるを。



 「あわわあわわっっ!」
 「何をそんなに慌ててんのよ」
 ドリーはその豊かな金髪を軽く揺らして、読みかけの本から顔を上げた。
 自分の愛しくも情けない男が、その見上げた視線の先で1人くるくる慌しくあっちへこっちへ行き来を繰り返している。
 「だってだってだってだってー!」
 ヴェルはドリーの問いが聞こえているのかいないのか、叫びながら更に動きに加速をつける。
 そして彼はついに、ドリーからの注文である特製目元の小じわ撃退秘薬★を煮詰めている大釜の周りをまわり始めた。
 「ちょ!ヴェル、落ち着きなさいってば!」
 せっかく後数十分で出来上がるからと連絡を受けて牢屋へやってきたのに、制作人のヴェルがこの調子では失敗作になってしまう。
 このような秘薬は、最後の仕上げが肝心なのだ。
 「だってだってー!見ちゃったんだもん見ちゃったんだもんー!」
 「だーかーら!!」
 ドリーは最近では滅多に使わないようにしていたその封印を解いた。
 楽しみにしていた小じわ撃退秘薬だ。
 それがおじゃんになるくらいなら……
 「おわっっっ!?」
 ドリーはヴェルの腕を手に取ると、力を込めて自分の身体へ一旦引き寄せた。
 かと思うと今度は床へ自分から倒れこみ、ヴェルのお腹に足の裏を当てると、一気に頭上へ彼を投げ飛ばす。
 ヴェルは容赦ないそのドリーの力加減になすすべなく、そのまま後ろに待ち構えていた山積み本タワーの中へ身を投じることとなった。
 ドバサバサバサバサー!!
 と、豪快に本のタワーが崩れていき、ヴェルは歴史書や魔術書、大図鑑などの下敷きになり、瞬く間に姿が見えなくなった。
 「ぶふー………」
 微かなうめき声のみ、その惨劇の中から弱々しく聞こえてくる。
 ドリーはため息をつくと、立ち上がってはだけた衣服を正した。
 たくさんの本の下敷きになっている彼の元へ行き、その中からヴェルの身体を引きずりだすと、彼を抱え込んで床に座る。
 「んー、痛いー……」
 半べそをかくヴェルを、かわいい……と心から思うドリーだが、その心情もまた、表には出さない。
 「ヴェルが悪いんでしょ?何があったのか聞いてるのにちっとも話してくれないあげく、私の秘薬に……」
 まあ、秘薬に何かあっては困ることはこの際言わないでおこう。
 「……見ちゃったんだよ」
 ヴェルは発狂し始める前、水晶玉を覗いていた。
 彼が愛用している水晶玉は、人の言葉を吹き込んで封じることもできるし、その中に、とある場所を映し出して見ることもできる。
 おそらく、何かを監視していたのだろう。
 「ヒカリが……ゼロと………」
 みるみるヴェルの目に涙がたまっていく。
 「ゼロと一緒に寝てたんだー!!!」
 ドリーの豊満な胸元に顔をがっつり埋めて、わんわん泣き始める。
 彼にとって、かなりの衝撃映像だったのだろう。
 ということはまさかもう、二人とも裸んぼであんな状態だったのかしら……
 だとしたらヒカリ、あの薄胸でよくゼロを懐柔できたわね。
 私的に大革命よ、それ!

 「ぼくでさえまだヒカリと一緒に寝てないのにー!!!」

 ………あのねえ。
 そこ?!そんなところから気に食わないの?!
 そんな親バカまで引き継がなくてもいいんじゃないの?

 そうですよね、ネス教官……

 「なんだかんだ言って、すっかりネス教官の遺志引き継いじゃってるんじゃない」
 ドリーは、自分の胸に顔を埋めている大きな子どもの髪を引っ張って、顔を上げさせる。
 自分のハンカチを使うのは嫌だから、ヴェルの衣服で、彼の滴る鼻水をきれいに拭いてやった。
 「ネス教官もきっと、安心して見てらっしゃるわ。明日、ヒカリがオランジュ島へ出発しても」
 「……ちょっと方向がずれちゃったけど、ヒカリなら、軌道修正できる……よね?」
 ヴェルはドリーの長い髪をすくいあげて、匂いをかぐ。
 彼はドリーの髪の匂いが大好きなのだ。
 「あの子ならやれるでしょ。現に、ゼロはあの子を自分の家に上げたじゃない」
 「そっか、ドリー以外の女を上げたことがないんだよね、ゼロは」
 ドリーは微笑みながら頷いた。

 ……今日くらいはいいかしら。

 自分の髪をいじるヴェルの手をそっと握ると、ドリーはヴェルのくちびるに噛み付いた。



 ――ヒカリ。頑張るのよ。
 私たちも、ついてるから。




 
E N D






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