15 風よりも早く駆け抜けろ


 ドリーは頬杖をつきながら、最後のカードをめくった。
 「うわー………最悪」
 「どうしたの?ドリー」
 ドリーのそばで尻尾をふりふり彼女の占いを見守っていたヴェルが、おそるおそるたずねた。
 今日はドリーに、完成した『目元の小じわ撃退秘薬★』を納品することになっていた。
 しかし幽閉されている身のヴェルなので、いつものように影猫に連絡をさせて彼女を牢屋へ呼び寄せたのだった。
 秘薬を渡し終えると、すぐに帰ろうとするドリーのドレスの裾にしがみつき、ヴェルはかねてから心配していたヒカリのことを打ち明け、そしてドリーがしぶしぶ占いをする運びとなり、現在に至る。

 ドリーの占いは、彼女の家に代々伝わるカードを用いて行う。
 ドリーは幼い頃から家系の中でもかなり優秀な占い師として活躍していた。
 その的中率はほぼ百%で、しかも彼女が言い当てることはあまりにも怖ろしいものばかりだった。
 のちにその怖ろしさを買い、神はドリーをファルコの一員に選ぶのだが。
 組織に入ってから、ドリーはやっと、普通の暮しができるようになった。
 それ以前。
 家を守るためだと親に勘当を言い渡されたドリーはひとり、占いを生業として生計を立てていたが、とても苦しい日々を送っていた。
 空の民は誰も彼女に占いを依頼しない。
 彼女のことを、占い師として見ていなかったからだ。
 たまに仕事が舞い込むとすれば、それはいかがわしい裏の世界の匂いが漂うようなものだった。
 それでもドリーは生きていくために、占いをした。

 ドリーはファルコ育成学校に通っていた十歳のとき、とある一家の惨殺事件が起こることを言い当てた。
 それまで、ドリーの占いが百%的中し、成績優秀であることを快く思っていなかったドリーの同級生たちがその時、計画的にある噂を広めた。
 その噂は物凄いスピードで大人たちの間にも広まり、そしてついに、彼女はおとしいれられた。
 この一家惨殺事件の、犯人に。
 たった十歳の、何の罪もない少女が、その小さなからだに悪を着せられたのだ。
 彼女は酷く傷ついた。
 ……はずなのだが、そんな素振りはまったく見せなかったし、今でも見せない。
 見せてくれないと、慰めようにも慰められない。
 ヴェルは、ドリーがひとり家に引きこもっていた頃、頻繁に彼女の元を訪れた。
 初めは、ドリーが自分の生徒だからだ、と思っていた。
 ヴェルもネスと同様に、ファルコ育成学校で魔術の授業を受け持っており、同時に生徒のメンタルヘルスケアも担っていたからだ。
 でもそんな気持ちはすぐに消えた。
 ドリーの必死に生きる姿に、その強い眼差しに、心を打たれたのだ。
 いつしかヴェルがドリーの元を訪れることは、日課になっていた。
 果実や、たまに奮発して甘いお菓子なども手土産に持って行った。
 しかし彼女はいつもヴェルを拒み、玄関先で彼を追い返した。
 そんなドリーの後ろには、たまにゼロフィスがいて、こちらの様子を目を細めて見ていることもあった。
 ゼロフィスとドリーは、時々同じような目をすることがある。
 それは、ふたりが、ふたりしか知らない何かを共有している……そんな『仲間』の目だ。

 ヴェルは今でも、ドリーを見る度に、歯がゆい想いに駆られる。
 彼女がいとしくていとしくて堪らない。
 幼かった頃のドリーへの想いとは、また違うものだ。
 ひとりの男として彼女を見ている自分に気づいたのは、つい最近のことなのだが。
 場所が牢屋なのが少し申し訳ないのだが、いつだって、彼女のために腕を広げて待っているつもりだ。
 ゆえに、彼女が自分に対してふるうささやかな暴力には、絶対に抵抗しないと決めている。
 ヴェルはそうやってドリーのすべてを受け止めてきた。
 玄関先で追い返されるよりも、そうやって自分にぶつかってきてくれる方がまだマシだ。
 ドリーは今ではもう、神と、それからヴェルの依頼でしかカードを手に取らない。
 
 「で、どうだったの?ヒカリ、大丈夫そう?」
 「んーん。最悪よ」
 ドリーはお手上げというようにカードをかき混ぜ、宙にばらまいた。
 カードがパラパラと、机に床に落ちていくのを見つめながら、ドリーは深いため息をつく。
 「地上で一波乱あるわ……死にはしないと思うけど」
 「し、ししししし死ぬなんて!縁起でもないこと……」
 ドリーは目を白黒させて騒いでいるヴェルの頬を、ぴしゃりと叩いた。
 「あんた、まだそんなこと言ってんの?!わたしでもわかるわよ、あの子が……」
 ドリーが切なげにヴェルを見上げた。
 「………ドリー」
 
 あの子が、自分の父親の遺志を成し遂げるために、命かけてること。

 「ヴェル、ヒカリに何かあったらここ出るんでしょ……準備しておきなさいよ」
 

 * * *


 「リーダー、これはどうっすか?」
 ヒカリは丁寧に磨いた石たちを包んだ風呂敷を、器捜索小隊第一チームリーダーの前で広げた。
 リーダーは一つ一つを手にとってそれらの石を丹念に調べる。
 時間をかけて最後の一つまで見終えると、彼は首を横に振った。
 「ダメだ。この中には無い」
 「……わかりました、作業に戻るっす」
 
 地上へ降り立って、三日が過ぎようとしていた。
 ヒカリは地上偵察小隊の使い走りとして船から荷物を運び出したあと、人員が足りない器捜索小隊第一チームへ助っ人としてかりだされていた。
 男子たちと共に仕事をしていると、自然と女ことばも引っ込むようになり、今ではうまく男子に扮せていると思うヒカリである。
 ヒカリの仕事は、掘り起こされた石を一つ一つ丁寧に磨くこと。
 ただそれだけだった。
 しかし、量が半端ではないのだ。
 日が昇り、日が暮れるまでずっとその作業に没頭する。
 そうして、神の後継者となる者の千年の命を納める<器>となる石を、捜し続けるのだ。
 ヒカリは皆と共にこの仕事をしていて、知った。
 神が、後継者選びをしていることを。
 「ほんとに、あるのかな……」
 ヒカリの呟きに、リーダーがふむ、と言った。
 「ある。この地上のどこかに」
 リーダーは真っ黒に日焼けした顔をヒカリに向け、続けた。
 「俺たちはそう信じて、この仕事をし続けている」
 ずっと、掘って、磨いて、鑑定して。
 天気が良い日も、悪い日も。
 「だから、お前も信じろ」
 リーダーは顔よりも黒く日焼けしたその太い腕で、ヒカリの肩をぽんっと叩いた。
 「はいっっ!」
 と。
 元気に返事はしたものの、ヒカリの胸の内には、別の感情が潜んでいる。
 もし、<器>と呼ばれる石が見つかったなら……

 この手で、粉砕する。
 神には決して、渡さない!

 「それにしても、遅いですな……」
 後ろから声をかけてきたのは、第二チームのリーダーだった。
 第一チームのリーダが、その言葉に深く頷く。
 「いつもなら初日の夕方には現場に一度、顔をお見せになるのに」
 「その通りだな。上陸宣言をされた後、総指揮官はムンバル長の一行と共に長の館へ向かわれた。その後は誰もファルコのお三方を目にしていない」
 え、それって、どういうこと?
 ヒカリは不安に駆られ、リーダーたちの顔を交互に見た。
 「何か……あったと思うか?」
 「……あるかも知れないな。今回の上陸は本当ならかなり危険なものになるはずだった。暴動で始まることも予測していただろう。なのに、長のあの歓迎だ。みんな拍子抜けしたのは事実だ」
 「しかし、総指揮官に限って……油断されることは無いはずだ。まさか、最悪の事態に陥ってたりはしないだろう……が。そう言い切っていいのだろうか」
 「……一応、空に連絡取るか?」
 「そ、そんなことしてる暇、あるんですか?!」
 気がついたときには、ヒカリは二人の間に割り込んでいた。
 「今すぐ、様子を見に行った方が良いのではないでしょうか?!」
 自分でも、なぜこんなにも不安になるのかわからない。
 けれど……

 ゼロフィスに何かあったらあたし、困る……!

 ヒカリは自分の言葉でリーダー二人がしかめっ面になったのを見て、地面を蹴った。
 場所もわからないまま、走り出す。
 背後からリーダーの叫び声が聞こえたような気がしたが、もう、それどころではない。
 彼らの表情から見て、明らかに緊急事態発生中なのは見て取れた。
 ゼロフィスはいつもなら上陸したその日に現場に顔を出すって?
 三日だ。今日で上陸してから三日も経っているのに……!

 「まだ何も話せてないのに……死んだりしたら承知しないからっっっ」

 途中、偵察小隊の隊員の群れとすれ違う。
 誰かに後ろから強く腕を引っ張られ、ヒカリは足を止めて振り返った。
 「お前、どこ行くんだよ?」
 ビークが小声でたずねてきた。
 その問いには答えずに、ヒカリは反対にビークの胸倉を掴み、物凄い形相でたずねた。
 「ゼロフィスがいるのって、どの館?!」
 たずねる声が、ふるえていた。
 ヒカリは初めて自分が半泣きであることを知った。
 その勢いに気圧されて、ビークは少しのけ反りつつ、ある方向を指差した。
 「あっちの方にある赤い屋根の建物だけど……って、おい、お前まさか」
 ヒカリは礼を言うのも忘れ、ビークが指差した方向へ再び走り出した。

 吹き抜ける風が強い。
 よろめいてこけてしまい、片方の靴が脱げた。
 もどかしくなり、ヒカリはもう片方の靴も脱ぎ、裸足で大地を蹴った。
 軍帽も脱げてしまい、栗色の髪がサラサラと風になびく。

 早く。
 風よりも早く駆け抜けろ。

 早く会って、あのムカツク顔が見たい。


 ゼロフィス―――






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