16 宴


 どうやら、ここからは出してもらえないらしい。
 そう覚ったのは、ムンバル長の館に足を一歩踏み入れた瞬間のことだった。
 特にそういう雰囲気をかもしだしていたわけではない。

 単なる俺の、勘だった。


 「して、ゼロフィス殿。地上との和解のこと、考えてくれたかのうー」

 目の前の椅子にこしかけながら、ムンバル長が問うてくる。
 ムンバル長は、たまにこうしてゼロフィスを監禁している部屋へ現れては、小一時間ほど居座り、ゼロフィスと話をした。
 といってもゼロフィスはほとんど片言しか喋らなかったのだが。

 監禁といってもかなり生ぬるいもので、少し荒っぽくすれば、館から脱出できないわけではなかった。
 ただ……
 少し、考え事をする時間が、欲しかったのかもしれない。
 ずっと、ひっかかっていることを、考える時間が。
 神の、ことば。

 「もう三日目になるからのうー。外の者はいくらなんでももう勘付くじゃろう。お前さんに何かあったのかも!ってなあ」
 「……よく言ってくれるな。閉じこめているのはそちらの方ではないのか」
 「ふぉっふぉっふぉっふぉ。出してやりたいのは山々じゃがのう。すべては、お前さん次第じゃよ」

 いたずらっ子みたいに笑って、ムンバル長は言った。
 そのやんわりとした口調と、生ぬるいものとはいえ監禁という、やっていることのギャップが、激しい。
 そんなムンバル長に、はじめのうちは戸惑いを隠せなかったゼロフィスだったが、この三日でやっと、彼のペースがつかめてきた。

 地上と空島の和解。
 それが、ムンバル長からの、空島へ対する要求だった。
 昔のように。
 地上と空島を透明大階段で繋ぎ、交流を復活させたいというのだ。
 しかし、この話に神は絶対に応じないだろう。
 ガナシュ島を地上へ墜落させ、大階段を崩壊させたのは、神自身だ。
 神が望んでしたことだ。
 すべて。

 今更、元には戻せない。


 地上へ上陸した初日。
 ゼロフィスを含めたファルコの一行は、ムンバル長の館へ招待された。
 行けばきっと、何かが起こるであろうことは間違いなかった。
 長の扱いに戸惑いを隠しきれず、一歩を踏み出せなかったゼロフィスの背中をたやすく押したのはバグズで。そのあとは、ティティだった。
 日が暮れてから始まった歓迎会では、たくさんのたべものと酒が用意され、それらに一番に手をつけたのは言うまでもなくバグズだった。
 しかし、バグズは毒見役でもあるので、ゼロフィスは止めることはしなかったのだが。
 それよりも気にかかったのは、宴が始まる前の、バグズの耳打ちだった。

 『ゼロ、気を抜くな。長はあんなふうによぼよぼで弱った老人を、<演じている>だけだ。さっき長を肩車したとき確かめたが、腕や足にはものすごい筋肉がついている。あれはちょっと、おかしいぞ』

 宴用のテーブルの上にはあいた酒瓶が何本も並んでいて、そのほとんどはこのバグズがあけたものである。
 そういうお前は気を抜きすぎだ、と突っ込みを入れたいゼロフィスだったが、当の本人は脇に置いてあったソファで大きないきびをかき、よだれまで垂らしている始末だった。
 ゼロフィスはあきれて何も言えなかった。
 そうこうしていると、ティティも席をはずすと言い出した。
 夜風にあたって酔いをさましてきたいと言ったが、それがフリであることに、ゼロフィスはすぐ気づいた。
 ティティがバグズのように、そっと耳打ちをする。

 『長の近辺の者に、さぐりを入れてみます。やはり、何かがおかしいと思うので。長には……余裕がありすぎます。地上は、何か、強みを握っているはずです』

 ティティが出て行くと、バグズもソファごと別室へ移された。
 ムンバル長は、三人をそれぞれ個別に監禁するつもりらしかった。
 そして、ゼロフィスが長の用意した誓約書にサインをするまでは、今回上陸したすべての空の民を返さない、と。
 そういう状況になり、今に至るのである。


 「お前さんが空へこの話を持って帰らん限り……この宴はいつまでもつづくでなあ」
 ゼロフィスの顔をのぞきこみながら、長が楽しげに笑う。
 ……長は、わかっていない。
 たとえゼロフィスが誓約書にサインをし、空島へこの話を持って帰ったとしても、神は地上の要求を絶対にのまない。
 「酒の入っているような状態で、このような話を進めたくはない」
 ゼロフィスがもう何度となく繰り返したことばを、再度、口にする。
 あくまでも、冷淡に。
 しかしゼロフィス自身、酒にはほとんど手をつけていない。
 たまに喉の渇きを潤すくらいだった。

 酒がまわると、考えなくてもいいことまで考えてしまうからだ。


 『ゼロフィス。近すぎて見えないものとは、何だ?』


 神のことばが、頭の中に響く。
 こんな状況の中でも、突き詰めずにはいられなかった。

 それが何か。
 本当は気づきかけていたのかもしれない。
 しかし、ゼロフィスがまさかと思い、脇にはねたその存在を……
 神は、とっくに知っていたのだ。
 近すぎた。
 しかし、順を追っていけば、彼女のことをよく見ていけば、納得できる部分の方が、多すぎた。
 彼女の目は、教官に似ているのではない。
 似ていて当然なのだ。
 確証を得たら………
 
 ヒカリを、すぐに、とらえなければならない。

 空島へ帰ったら、ドリーに口を割らせなければ。
 なぜ、そんなことをしたのか。
 そして、それがすべて、ヒカリをとらえる証拠となる。

 ヒカリは………
 どんな顔をするのだろうか。
 
 
 「お主もやはり、千年の命に、焦がれるのか」

 ムンバル長の声で、我に返った。
 そして、そのムンバル長の問いは、自分が常からずっと、考えつづけているもので。
 「……わからない」
 つい本音がとびだしてしまい、ゼロフィス自身、驚いた。
 「わからない。ただ……神が俺を選ぶのなら、俺はそれに従うのみだ」
 「ゼロフィス殿。お前さんは……」
 ゼロフィスは顔をあげ、ムンバル長を見た。
 ムンバル長は、切なげな目でゼロフィスを見つめている。

 「お前さんは、生きているのか」

 ……?
 生きている、俺は。
 なぜそのような問いかけをしてくるのか……

 ムンバル長はすっと立ち上がると、杖をつきながら、ゼロフィスに歩み寄った。
 
 「まだ若いのにのー。もったいない。もっと、良い目ができるのにのー」
 「何の話だ」
 「石は、見つからんと思うぞ」

 「………どういうことだ?」

 突然のその長のことばに、ゼロフィスは顔を上げた。
 ムンバル長を、睨みつける。
 器と呼ばれる石は地上に数個存在するが、一つを掘り起こしてしまうと、他の石は自らその力を封印し、千年の眠りにつくと言われている。

 「お前さんは、ここで誓約書にサインをし、この話を空へ持って帰っても、神は我々の要求をのまないと。そう思っているじゃろうな」
 「………」
 「しかし。それは、思い違いじゃよ、ゼロフィス殿。心配ご無用じゃ」

 長が、すーっと懐に手を伸ばしたのが、わかった。
 ゼロフィスは、初日に武器はすでにとりあげられており、魔力も封印されている。
 しかし、身構えはするが、いつもの冷静さを失ってはいなかった。

 「石を………千年の命を納める器のありかを、知っているということか?」

 長が、こっくりと頷く。

 「ほれ。持っておる、もう、ここに……」

 手を伸ばした懐から出てきたものは、武器などではなく、ひとつの、ごつごつした石だった。
 ちょうど心臓くらいの大きさのそれは、見る角度によって、妖しく不気味な青に光る。
 間違いない……
 本物の、<器>だ。

 「交換条件、か」
 「ほんっとに、大変じゃったよー。お前さんたちの目を盗みながらこれをさがすのは。早いもの勝ちという感じじゃったからのー」

 ゼロフィスは、長に、手を差し出した。

 「その石が本物なのか、この目でよく確かめてから、考えたい」

 ムンバル長は垂れ下がった瞼を上げ、ゼロフィスを見た。
 何かをさぐるようなその長のまなざしに、しかし、ゼロフィスはひるむことはない。
 長が、ゆっくりと、石をのせた手をゼロフィスに差し出した。
 ゼロフィスも、長の様子を窺いつつ、石に手を伸ばした。

 そのときだった。

 首筋に、冷たい鋭利なものが、あたる。
 
 ――いつの間に。

 まったく、感じとれなかった。
 ムンバル長の、石を持っていない方の手が、ゼロフィスの首筋に短剣を向けている。
 あと数ミリほどその剣先が進めば、赤いものが流れ始めるだろう。
 ゼロフィスはため息をつき、口を開いた。

 「武力は放棄したのではないのか、ムンバル長」

 伸ばしていた手をひっこめながら言うゼロフィスに、ムンバル長はもう、笑顔は見せなかった。

 「放棄したとも。もう、お前たちの愛する空島を破壊できるほどの力は、持っていない。しかし……」

 地上へ降りてから、長のこんな顔を、初めて見る。
 ゼロフィスは少しだけ、覚悟を決めた。

 「お前たち空の民を、神を、憎むきもちは片時も失ったことはない!!」

 長の腕に力が入るのがわかった。
 短剣が、大きく振り上げられる。
 そして、力のこめられた短剣の先が、再びゼロフィスに向かう。

 さて。どうしたものか――

 迷っている時間など、ないのに。
 自分の冷静さに、笑えてくる。
 
 もしかすると俺は、『生きてない』のかもしれない。


 「ゼロフィス!!死んじゃ、ダ・メーーーーーーーー!!!」


 ものすごい大声とともに、部屋の扉が蹴り開けられた。
 それはとてもこなれたもので、その鮮やかさに思わず見惚れてしまうほどだ。
 しかし、そんなことに感心している場合ではなかった。
 そこに立っていたのは、ここにいるはずのないヒカリで、しかも彼女はそのまま中へ突進してきたのだ。
 ゼロフィスは驚きのあまり、目をみはった。

 ヒカリは、何のためらいもなく、ムンバル長とゼロフィスの間に割って入る。

 ゼロフィスの上に、やわらかいからだが、覆いかぶさる。
 ――と。

 
 どすっ


 鈍い音とともに、ヒカリはゼロフィスの上に崩れ落ちた。

 ヒカリの背に、ムンバル長の振り下ろした短剣が、深く、突き刺さっていた。






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