19 紐解かれる過去 (その1)


 ヒカリが次に目覚めたのは、また違う場所でだった。

 ……どこなんだろ。

 ぼんやりする意識の片隅で考えていると、すぐ脇のドアが開いて、水のたゆたう桶を持ったティティが入ってきた。

 「あ!お目覚めですか?」
 「……うん。今、起きたとこ」

 上半身を起こそうとするヒカリを、ティティは慌てて止めた。

 「まだ寝ていてください。あと数時間で空島に到着しますから、その時まで」

 空島……っていうことは、ここは偵察船の中、か。
 地の民の長とは、どうなったのかな……
 まるくおさまったんだろうか。
 だから、帰れるんだよね?

 色々ききたいことはあったけれども。
 ヒカリはティティの言うことをきいて、大人しく布団にもぐり直した。

 ティティは桶を床に置いて、持っていたタオルを水に浸した。
 きつくしぼると、ヒカリの顔を軽く拭き、裏返して額にそっとのせる。

 「……ずっと、こうしてくれてたの?」

 寝ている間、何度かうなされて夢と現実の間を彷徨っていた。
 身体が熱くて、たぶん、熱があるんだなあと思っていた。
 熱くて。苦しくて。息がしにくいって、思っていた。
 すると、突然、冷たい何かが、身体に触れる感触があって。

 「熱が高かったので。でも、今はもう大丈夫みたいですね」

 ティティが、ずっと、面倒を見てくれていたんだ。
 あの時の冷たいものも、これだったんだなあと。
 ヒカリは額にのせられたタオルに、手をあてた。

 「ごめんね……ありがと」

 ツタ子ママが、風邪をひいたときに看病してくれたことを思い出して。
 鼻先がツンとした。

 「ヒカリさんは本当に、無茶をしすぎです。初めて会った時から、既に無茶をしてたんですよね……隊員に扮して、こっそり乗船していたんですから。あの時に、止めておくべきでした。ひとりでそんなに突っ走って……一人ではできそうにないことがあるときは、もっと、まわりに協力を求めてもいいと思います。……大した力にはなれないけれど、ぼくとかにも」
 「……うん。ありがと」

 余計にツンとするから。
 そんなやさしいこと、言わないでよ。
 ふと。
 ゼロフィスの顔が、頭をよぎった。

 「そうだ、ゼロフィスは?」
 「総指揮官は、自室にこもられてます。考え事がしたいとかで」
 「……そう。元気に、してる?」
 「元気……といえば、元気なのかもしれません。でも、一般的な元気さを、総指揮官から感じたことはありません」

 一般的な、ねえ……

 「……ヒカリさんは、」
 「ヒカリでいいよ」

 もじもじと身をよじらせて、頬を赤く染めつつ、ティティは勇気を出してヒカリのなまえを再び口にした。

 「ヒカリ……は、どうしてそこまでして総指揮官のそばに……小間使いになろうとするんですか?」
 「え……あー、それは……」

 ほんとは、誰にも言っちゃダメなんだけれど。
 特に、ファルコのメンバーなら、尚更。
 でも……
 ティティのことは、信じられるような気がして。
 ティティになら、甘えてもいいかなあって。
 そう、思えたから。

 「あのね、教えたいから、その前に、ティティに教えて欲しいことがひとつあるんだけど。いい?」
 「いいですよ」

 ティティはうれしそうにはにかみながら、頷いた。
 ヒカリがティティの手をひっぱって、ベッドの端に座らせる。

 「<ガナシュ島の悲劇>のことを、詳しく、教えて欲しいの」
 「……ガナシュ島の悲劇、ですか?」
 「うん、そう」
 「あの……失礼ですが、ヒカリ、教育課程は……」

 人間界で言う、高校一年生程度です。とは、今の段階では言えない。
 ヒカリはふるふると首を横に振った。

 「わかりました」

 それ以上何も問いただすことなく、ティティは白衣のポケットから一冊の手帳を取り出した。
 ぱらぱらとページをめくり、その中に挟んであった一枚の絵のようなものを取り出して、ヒカリに渡す。
 ヒカリは両手でその絵を受け取ると、目を見開いた。

 「わあー………」

 ためいきばかりがこぼれて、言葉にならない。

 自然に満ち溢れる大地。
 緑萌える木々が生い茂る森。
 対照的に、寒々とした印象の、そびえ立つ岩山。
 色とりどりの花々が咲き乱れ。
 どこまでも澄んだ水が流れるいく筋かの川。
 その水辺に住む人々の寄り合う村々。
 大地のはるか上空には、6つの島が浮かんでいて。
 雲のように。ふわふわと。
 それが、空島なのではないかと、ヒカリは感じとっていた。
 そしてヒカリは、その美しい大地と空島の間を、螺旋状に結ぶ不思議な物体を、指でたどった。

 「これは……何?」
 「これが、ガナシュ島の悲劇が起きる以前に、地上と空島を結んでいた、光の螺旋階段です。透明大階段と呼ぶ者もいますが、ぼくは光の螺旋階段の方が、キレイな呼び方で好きです。地の民と空の民は、ずっと、この巨大な光の階段を使って、互いに行き来をし、交流を深めていたんですよ」

 ティティもまた、いとおしそうに、絵をのぞきこんでいた。

 「じゃあ、この空島の下に描かれてるのは、昔の地上?……信じられない。今では、あんな酷いことになってるのに……」
 「そうです。それが、ガナシュ島の悲劇なんです。空の民にとっても、地上の民にとっても、辛い出来事でした。この空に浮かんでる島の中の、これが、ガナシュ島です。この島を、ある事件をきっかけに、激怒した神が地上へ墜落させました。数年ほど前から、その墜落したガナシュ島の残骸から異様な魔力が流れ出し、その魔力が、地上の土を腐らせ、地の民の生活を脅かすようになってしまったのです」

 絵の中の空島のうち、一番左端に描かれていた小さな島を指差して、ティティが言った。

 「このガナシュ島には、地の民と空の民の間に生まれた混血族たちが、暮らしていました。彼らのことを、『地空一族』と呼びますが。その地空一族は、とても特殊な能力を持っていました」
 「特殊な、能力?」
 「そうです。人が生まれ持った『寿命』を、延ばすことができる、『延命』という、能力です」

 ヒカリは、息をひそめてティティの話に聞き入っていた。

 「地空一族の中に、その延命能力に特にすぐれた男がいました。神は、その男を特に目にかけていました。なぜならその時、神は、長くは生きられない病に侵されていたからです」
 「……延命が、必要だったの?」
 「そうです。おそらくその時、神はかなり焦っていたのだと思います。神という立場には必ず、後継者が必要でした。『神』は空島を統治する存在として代々続いているもので、その多くが、親から子へ、という形式で継承されてきました。しかし、神は、子を授かることができなかったのです。やがて神は、その地空一族の男に、自らの命の延命を……永久の命を、要求したのです」







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